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ネクタイの起源
ネクタイの発生は、1656年、ルイ14世の警護にあたったクラヴァット(クロアチア人)の軽騎兵で、彼らはもともとファッションのために首を布で覆ったのではなく、ただ単に喉を守る為に、カラフルな今で言うネッカチーフらしき物を巻きつけた。
この説が有力な証拠は、現在でもフランス語では、ネクタイのことをcrabateと呼ぶ事、また同じ言葉の意味として「クロアチア産の馬、クロアチアの軽騎兵」が残っている。(イタリア語ではcrabatta/ネクタイ、襟飾り)。
スーツをはじめとする男の他のファッションアイテム同様、ネクタイもやはり軍服から派生した事になる。
余談にはなるが、フランス人は服を装飾する事と流行には非常に敏感で、スーツの袖口のボタンも、フランス軍兵士達が冬の行軍の際、しきりに袖口で鼻を拭うため、それを止めさせるために考案されたと伝えられている。
初めてネクタイを締めた日本人
日本人で初めてネクタイを締めたのは、「ジョン万次郎」だといく説は有力だ。1851年(寛永4)に帰国した私物をチェックした長崎奉行が、「白鹿襟飾三個」と記している。
その後、1894年(明治27年)南文蔵が、東京神田の橋本町で、日本初のネクタイ製造販売業を旗揚げした。文蔵が17歳の時だ。背広の普及で、ネクタイの量産が必要になったためだ。当時、価格は20銭で、英和辞典とほぼ同じだった。同時代のフランスのネクタイ生産量は、2,000万本を超えていた。
参考図書
落合正勝著「クラシコ・イタリア礼賛」世界文化社
落合正勝著「男の服装 お洒落の基本」世界文化社
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